『この世界の片隅に』そう、わたしたちはだれでも隅っこにいる。

3作目はこの世界の片隅に。

メディアから大きく取り上げられなかったが、口コミにより広まった異色の作品。

当時の建物や風景を忠実に再現した記録性も持つ映画。

など良い評判を聞いて興味を持ちました。

そしてDVDを借りて観ましたが、はっきり言って全然違いました。

例にもれず、ネタバレを多く含みますので、まだ観ていない方はDVDを借りてきて観られることをおススメいたします。

子どものころに見た不思議な世界

なんとも不思議な世界から物語は始まります。

そこで出会う青年のところに嫁ぐことになるのですが。

どこからが夢でどこからが本当かがわかりません。

確かに。

自分も子どもの頃の記憶はあいまいです。

後から写真を見て植え付けられたであろう記憶もあります。

何気ない景色が美しかったり、怖かったりします。

そして今でもそれをはっきり覚えています。

すずさんと周作さんをさらった大男が何だったのか。

人さらいなのか、ヒバゴンなのか。

色々想像できるのもすべてはすずさんの記憶があいまいだから。

それが逆にリアリティを増すのですから面白いですね。

どうして普通に生きられないんだろう

当時の人は比較的早く嫁ぎました。

すずさんも18歳で嫁ぎます。

親同士が決めた結婚。

これも当時としては普通のこと。

彼女は周りの大人が決めたルールに従って自分の人生を歩んでいきます。

そして子を産み、普通に人生を終えるはずでした。

戦争に巻き込まれるまでは。

正確に言うと戦争はすでに始まっていました。

彼女の視野に入っていなかっただけです。

しかし無残にも戦争の規模は大きくなり、彼女と周りの人々を巻き込んでいきます。

すずさんは少しぼーっとした女性です。

それでも、戦争に巻き込まれ多くのものを失っていきます。

時間は待ってはくれない

彼女は周作さんとの愛を育む暇もありません。

戻ってきた義理の姉、近所づきあい、そして戦争。

それらが一斉に襲い掛かってきます。

のんびりした時間の流れが、急に渦を巻いてすずさんや周りの人を飲み込んでいくかのようです。

昔の話しなのに、環境も全然違うのに、妙にしっくりくるのはなぜでしょうか。

結局わたしたちも、環境は違うとはいえ、同じような感覚を持っているからではないでしょうか。

子ども時代、あんなに明日になることが待ち遠しく、たまに退屈に感じた時代。

学生時代、楽しくてしょうがなかったり、悲しくてやりきれなかったり、早く大人になりたかったり、子どものままでいたかった不安定で輝いていた時代。

そして、毎日の業務に追われる現在(いま)。

ただ彼女と違うのは、戦争の悲惨さにまだ直面していないことです。

それがこの作品の登場人物に感情移入し、そして思い図ることができない微妙な距離感を生み出していると言えます。

男女の愛情に対する感覚の違い

話しはそれますが、水原さんとすずさんが二人きりになるシーンがありましたね。

周作さんがそれを許可し、鍵までかけて二人が一夜を共にするよう仕向けるのですが。

あれは男のエゴだと思うのです。

男にはどこか恋愛に身勝手なところがあるのではないかと思います。

以前他の女性と関係があったから、自分の奥さんにもそれを許す。

それで過去を清算するというのは、うまく表現できないのですがずるい気がします。

対するすずさんは、周作さんの過去について知らないというのもありますが、その機会を拒みます。

そして不幸なことに水原さんのことが好きだったこと、今では周作さんの事が好きだということに気づき、苦しむのです。

ここら辺のこころの描写は見事だと思います。

わたしも男なので感覚的には周作さんの言い分も分かるような気がしますが、恐らく多くの女性はそういったことを望んでいないと思うのです。

過ちを犯した男性が一番逃げたい事、つまり全部正直に話して許しを請う事(この場合は結婚前の事なので許しを請う必要はありませんが。)が正解なのではないかと。

そう、思うのです。

戦争の中の日常

話しを戻しますが、結婚に伴う環境の変化、戦争による環境の変化の中、毎日が過ぎていきます。

これがわたしが聞いたこの作品の前評判と大きく違うことでした。

戦争映画かと聞かれれば、そうなのかもしれませんが違うような気がします。

恋愛映画なのかと聞かれれば、そうなのかもしれませんけど違うような気がします。

どういっていいのかわかりませんが、大きな日常という鎖の中で生きている”人”を見ているような気がするのです。

そして現在(いま)の自分たちもそうなのだと。

なので、この映画について反戦映画だとかそうではないとかいう議論は野暮な気がします。

作者が訴えたかった事はそこではなく、一人の女性の目を通して見える世界自体なのではないかと。

そして、世界から見ると自分たちはどうしようもなく小さく、無力な存在であるということを。

そして、その中で精いっぱい生きることが美しく、愛おしいことなのだと。

すずさんは周作さんに言います、「ありがとうこの世界片隅うち見つけてくれて。」

この感覚が大人になってしまったわたしたちとすずさんを結ぶ懸け橋なのかもしれません。

そして、十分な宣伝がなくてもこの作品が世に広まっていった大きな理由なのかもしれません。

この映画について書きたいことは山ほどありますが、書ききれませんね。

戦争の悲惨さ、家族のぬくもり、エンドロールに至るまでストーリーがあります。

まだ観ていない方はぜひ一度観られることをおススメいたします。

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